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奇妙な失言にブラック告発…山本大臣はTPPの「生け贄」にされた?(茱萸坂 重信) | 現代ビジネス | 講談社 [web]

失言を連発する山本有二農水大臣。『週刊文春』に元秘書が登場し、「ブラック事務所だった」告発されるなど、なにかと世間を騒がせ、TPP審議に大きな影響を与えている。

一方、永田町からはこのブラック告発と失言のタイミングが、あまりに出来過ぎているとの声が聞こえてくる。いわく、「安倍政権は、もともと山本大臣をTPP審議の”生け贄”にするつもりだったんじゃないのか…?」と。

知略謀略が張り巡らされる政治の世界。議員秘書を長年務め、政治の世界の表も裏も知り、現在は晴耕雨読の日々を送る永田町の古老・茱萸坂重信氏が秘書のブラック労働の実態とともに、山本失言の「裏の読み方」を解説する。

失言と告発とTPP

山本有二農水大臣の失言が止まらない。

10月18日の佐藤勉・衆議院議院運営委員長のパーティーで、TPPを「強行採決するかどうかはこの佐藤勉さんが決める」と言って批判を浴びたばかりだが、11月1日、別のパーティーで「冗談を言ったら首になりそうになった」と放言。野党4党は猛反発し辞任を要求、4日の衆議院本会議でのTPP協定採決が困難になった。政府与党は本会議での議決を週明けに先送りするとともに、TPP特別委員会での採決を「強行」した。

政府与党としては11月8日のアメリカ大統領選挙前に、なんとしてでもTPP協定の衆議院通過を図りたい。TPP協定は「条約」なので、憲法61条の規定で「30日ルール」が適用される。つまり、衆議院をいったん通過しさえすれば、30日経って参議院が議決しない場合でも、条約は自動承認されることになる。

アメリカでは、クリントン候補のメール問題をFBIが再捜査すると発表した後、トランプ候補がついに支持率で追いついた。トランプ氏は10月22日のゲティスバーグ演説で「自分が大統領に就任した初日にTPPから離脱する」と宣言している。苦労に苦労を重ねて合意にこぎつけたTPP協定を守るためには、大統領選挙の結果が出る前に、日本としての意思を示す必要があるのだ。

したがって、日本時間で11月9日午前8時に開票が始まる米国大統領選挙の結果が出る前までにTPP協定を衆議院本会議で採決し、その30日後まで国会会期を延長すれば、TPP本体は条約として自然承認されることになる。

しかし、実はTPP協定を承認するだけでは、絵に描いた餅に過ぎない。条約を担保する様々な国内法の改正案を成立させないと、政府はTPP加入申請書を提出できないからだ。

TPP関連法案は単なる法案であり、30日ルールの適用はない。つまり、関連法案はいずれ必ず参議院で採決しなければならない。年明けの通常国会に先送りするか、それともこの臨時国会で「強行採決」するかどうかは、依然として重要な政治マターなのだ。

そうした中で山本農水大臣が失言を連発したから、安倍政権は頭を痛めたのだ。山本大臣といえば、10月20日号の『週刊文春』誌上で、元秘書が「山本事務所はブラックだった」という旨の告発を行ったことが記憶に新しい。

だが、この告発が永田町で「失笑」を買ったことは、世間にはあまり知られていないだろう。告発の内容に偽りがあったとか、そういう理由ではない。

元々ブラックな世界ですから…

元秘書の告発によると、秘書には雇用契約書も手渡されず、薄給で議員夫人の買い物や食事の送迎にも駆り出され、年末年始も関係なく働かされ、長いときは午前3時過ぎまでの長時間労働が当たり前。まさに「ブラック事務所」だというのだ。

しかし、哀しいかな永田町では、「この程度でなにがブラックか」という受け止め方がもっぱらなのだ。

議員秘書の職務は、議員に仕え、議員の政治信条実現を期し、議員を守る藩屛となることだ。さらに、議員の政治活動が家族によって支えられている以上、「議員の家族のサポートも職務に入る」と考える秘書は少なくない。

国会議員の秘書には公設秘書と私設秘書がいるが、公設秘書は特別職の国家公務員であり、雇用関係は衆参両議院が管理する。それゆえ、給与の支払いや社会保険はきちんとしている(決して、ラクという意味ではない)。

これに対して、私設秘書の待遇、契約は本当にぴんきりだ。国会議員それぞれが雇用主となって直接雇い入れる形なので、雇用契約をしっかり守るところもあれば、契約書も交わさず、使い捨てのようにひどい扱いをしているところもある。社会保険を支払っているかどうかも怪しい事務所もざらにある。

交通費等の必要経費が一切払ってもらえなかったり、議員の私的な買い物で立て替えた費用をもらえなかったり、あるいは機嫌が悪い議員に罵詈雑言を浴びせられ、つねられたり殴られたり……。

永田町で働く私設秘書を近くでみていると、大の大人が涙を流す光景には慣れっこになる。時には移動中の高速道路や山の中で「車から降りろ」と言われそのまま放置され、時には支援者を前に土下座をさせられることも……。働いても働いてもなかなか評価をされず、パーティー券をさばき、課せられた党員獲得のノルマを平然とこなすようになってようやく一人前とみなされることも多い。

ボスの不祥事を一身に被り自死を遂げる秘書も昔はいた。今では伝説だ。そこまでして議員に殉ずる秘書はもういないだろうし、それを許すような社会でもない。

とはいえ、議員秘書はもともと清濁併せ吞むのを良しとする気風もあり、低賃金と長時間労働、あらゆるパワハラに耐える文化が残っている。だから、件の元秘書の告発を聞いても、「なにを今さら」という反応になるのだ。

なぜこのタイミングだったのか?

無論、それでいいのだと言うつもりは毛頭ない。むしろその逆で、昨今「ブラック労働の防止策」が議論され、霞が関の長時間勤務を憂慮する声もあがっており、「立法を担う永田町こそ、このままでいいのか」という疑問は真剣に議論されなければならないだろう。

一方で、「政治の世界ではよくある話が、なぜいま、出てきたのか」という点にも気持ちが向く。永田町で見聞する実情を踏まえると、山本有二事務所の話はいかにも、とってつけたような話と感じてしまう。もちろん現役閣僚であり、しかもTPP論戦の渦中にある農水大臣の事務所の話ということで、ニュースバリューがあると判断され、掲載されたのだろう。しかし、永田町の文脈に照らすと、別の理由も透けて見える気がする。

冒頭で述べた通り、臨時国会でのTPP審議は、安倍政権にとって最重要課題の一つである。焦点は、TPP関連法案の採決だ。野党4党が反対している以上、最終的には「強行採決」とならざるを得ない。このことは相当早い段階から当然、予想されてきたことだ。

そして強行採決をする場合、伝統的に繰り返されてきたのが、野党による「不信任案」の提出だ。内閣そのものに対する衆議院の不信任決議案(憲法69条)の他に、担当大臣の不信任決議(衆議院)と問責決議(参議院)がある。

問責を出されたら、安倍政権としても野党に対してなんらかの譲歩をせざるをえない。そのとき、TPP関連法案の強行採決の「落としどころ」として、担当大臣の「首」を差し出す構えを見せることは、国対政治的には理にかなうのだ。

審議を混乱させたということで担当大臣が辞任すれば、あるいは辞任がないとしても、野党が閣僚の不信任案を提出すれば、野党も支持層に向けて顔が立つ。

山本大臣は「生け贄」だったのか?

今回のTPP審議を担っている大臣は、従来からの流れで石原伸晃国務大臣、主戦場である農水分野は山本有二農水大臣だ。ふたりとも安倍総理の「お友達」として知られている。

8月3日の内閣改造では、石原大臣の留任は規定路線として受け止められた。凋落著しいとはいえ、自民党内の一大派閥である石原派を取り込むには、石原氏自身を抱え込むのが一番だからだ。

これに対して、山本有二氏の入閣は驚きを与えた。山本氏は、安倍総理のライバル石破茂氏の率いる「水月会」の重鎮だ。閣外に去ろうとする石破氏に、安倍総理は農水大臣のポストを提示したと言われている。それを蹴った石破氏に冷水を浴びせるかのように、派閥の重鎮に同じポストを提示し、一本釣りしたのだ。

いずれ「嵐が来る」ことが明白なTPP審議の担当に石原伸晃氏、山本有二氏という「お友達」をあてた———。もし、この時点で安倍総理の狙いが、お友達を起用してあげるという義理人情だけではなく、来るべきTPP審議の強行採決の際に、どちらかの大臣の首を差し出しても構わない、ということを含んでいたとしたら……その人事術は凄みすら感じさせる。

安倍総理は、2018年9月に2期目の任期が切れるが、自民党総裁任期を3期9年に延長する党則改正で、2021年9月までの続投が現実のものになってきた。大叔父にあたる佐藤栄作元首相の最長在任記録7年8か月を超える可能性が出てきたのだ。超長期政権を支えるのは、一にも二にも、人事術だ。

山本大臣の放言が実は計算尽くで、辞任に向けた「地ならし」だったと考えるのは、いささかうがち過ぎだろう。元秘書の告発も、「偶発的なもの」と考えるほうが自然だ。しかし、この告発が「大臣の辞任やむなし」という空気の醸成に一役買っていることは間違いない。

知略張り巡らされる永田町。失言とブラック告発が、このタイミングでさりげなく出てきたことの意味をしみじみと考える秋の夜長としたい。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50142
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50142?page=2
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